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いつも気付けば少数派・・・  by宮上修二
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愛しのローラ
五月の宵、安いウィスキーを飲みながら、ふと思い出の扉をノックする・・・

ラヴィットラーノのローラ序曲。尾鷲高校のギタマン部員だったオレタチが、この曲を引っさげて大阪の全国高校ギターマンドリン・フェスティバルに挑んだのは32年前のこの時期だった。

高1のいつだったか、部活のひとつ先輩で指揮者のYちゃんに呼び出され「全国のギタマンが集まる大会があるらしい。三重県代表として是非とも出たい。」と相談された。
別に県の予選があるわけではないが、当時、尾高のギタマンは県下ではダントツの実力だったし、県内で影響力のある先生からのお墨付きも得ていたのだった。

ふたつ返事で「是非出よう!」といったが、Yちゃんがそのために選曲し、提示した曲がローラだった。高校生にとっては難曲といっていい曲だった。特に難しい曲は譜面を見ながら弾くことすらおぼつかない自分は、エライことを引き受けたと後悔もした。

出場にあたっては部長だったI君が奔走した。学校や保護者への協力要請から行き帰りのバスの手配までほぼ全部、I君を筆頭に部員たちが行った。
今でもI君が言う。「高校のときはひとつのちゃんとした社会やった。実際社会に出て、逆に同期の連中が子供に見えてしょうがなかった。」と。

さて、宿泊の予算もなく、夜行バスでの弾丸ツアーとなった本番、何人ものOBが応援に来てくれたにも関わらず、わが尾高は「努力賞」にとどまった。フォルテシモは強く元気があってよいが、粗さが目立つ、というような評価だった。優勝などを決める大会ではなかったが、その上に「優秀賞」という賞があった。下には「奨励賞」という賞もあったから、スポーツの全国大会でいえば2,3回戦位まで進んで敗退といったレベルだった思う。ただ、他の学校の指揮者は教師だったが、尾高は指揮者も生徒だったことを思えば上出来かも知れない。帰りのバスの中、悔しさからかやたらキリキリと頭痛がしたのを覚えている。

さて我々が演奏した「ローラ」は、実在の女性がモデルである。自分のイメージでは、伝説の美少女という感じがするが、実際はローラ・モンテスという、悪名高き高級娼婦だったらしい。

毎年、この時期になるとこの曲を聴きたくなるが、さすがに男を虜にするのはお手のものといったところだろうか。
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by minority-m | 2010-05-14 23:33 | 本・映画・音楽