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いつも気付けば少数派・・・  by宮上修二
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アジは旨い
昨日、今日と連チャンで前の浜へアジ釣りに出掛けた。夕方のひととき、竿を持って浜まで自転車を走らせるのはなんとも心地よい。昨日はいつもの仕掛けと変えたせいか結局ボーズだったが、今日は良型のアジ2匹が釣れた。

昨日のボーズはがっかりだったが、昨晩、釣り名人のSちゃんと話をしていて、自分の釣り方は基本的に結構理にかなっていることを確認できたので、Sちゃんの助言を参考にして今日再チャレンジしてみた。

今日は結構風が強く、2匹釣ったところで荒れ気味になってきたので納竿としたが、一応ノルマのおかず分はキープできた。

今日は久しぶりにお刺身サイズだったので、塩焼きにせず刺身にした。結構脂がのっていて甘味もあるが、身がコリコリしていておいしい。京都にいる魚大好きの娘が知れば悔しがるに違いない(笑)。

それにしてもアジという魚はアリガタイ。手軽に釣れるし、刺身でも塩焼きでもとにかく旨い。食べるのに夢中で写真を撮り忘れたのが残念である。
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by minority-m | 2009-09-27 23:18 | 釣り
ボラの猛攻に遭う
先ほどまで、前の浜で釣りをしていた。
目当ては塩焼きサイズのアジなのだが、今日はコッパグレとボラのオンパレードに遭遇してしまった。

コッパグレはまだよいが、ボラには閉口する。いつもならかかったとしても1~2匹なのだが、今日は少なくとも5~6回はかかっただろうか。今日はハリスを細くしてあるので途中で切れるのだが、それでもいなすのに時間がかかるし、ポイントが荒れてしまう。
見物にきたオジサンにも、「今日は存分に、引きを楽しめるなあ(笑)。」と言われる始末である。

結局目当てのアジは20cm程のが一匹だけで、オカズには足らなかった。
それでもアタリだけは結構あったし、やさしい海風にあたりながら、刻々と変わる海の色を見ているだけでも楽しいものだ。まあ釣れなかったときのいつもの負け惜しみではあるが(笑)。
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by minority-m | 2009-09-23 18:32 | 釣り
銀色週間を鈍色の空の下で感じる
長い連休も明日までだが、自分にとっては日曜日に買い物を兼ねて新宮まで出掛けたくらいで、ほとんど無関係に終わりそうだ。

今日は曇り空。釣りでもしようかと思ったが、時折パラパラと雨が降るのでヤメにした。
そのかわりに散歩がてら港に出ると、天満の堤防辺りも、巡航船乗り場辺りも県外の車が目立つ。関西はじめ関東や信越地方のナンバーの車もある。

大阪からきたとういう家族連れがウルメイワシを数十匹釣っていた。いらぬお世話ながら、「ちょっと前は大きなアジが釣れてたけど、ここのところ魚が少なく、イワシが釣れただけでもまだ良いほうですよ。」と言うと、アジが釣りたかったと残念がった。

話がはずみかけた矢先、仕事のことで携帯が鳴り、家に戻った。
なんだか連休を感じたのは、他府県ナンバーの車の多さを感じただけだったような感じがするなあ。

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by minority-m | 2009-09-23 00:08 | 身辺雑記
勝手に~Green Day~
週末のショットバー。亡き友の命日ということもあり、共通の友達だったマスターのMちゃんと思い出話に花が咲く。

と、そこへ常連のNさん登場。なんと自分と同じ緑色のポロシャツを着ている。(Nさんの方が明らかにいい生地で高そうなのだが・・・)
「かぶったなあ、並んどるとなんかのイベントのスタッフみたいやなあ。」などと話しているとこれまた常連のK君登場。なんと緑の帽子をかぶっている。

「なんか緑づくしやなあ。」と言いながら、ただ一人「緑」を身に纏っていないY君の方をみると、持っていたタバコが緑色のパッケージのマルボロのメンソールと緑のライター。常連全員が、ミドレンジャーになってしまった。

緑といえば、アイルランドでは、当地にキリスト教をもたらした聖パトリックの命日である3月17日を「セント・パトリック・デイ」として盛大に祝う。近年日本国内でも行われ、自分も伊勢市でも行われるパレードに参加したことがある。でこのイベント、誰でも自由参加できるのだが、唯一の約束事があって、とにかくアイルランドを象徴する緑色を身に付けるのが慣わしだ。

亡き友はお世辞にも聖人とは言えず、特に緑が好きでもなかったはずだが、緑色が嫌いという人はあまりいないと思う。皆に好かれたアイツらしくていいかも知れない。

ということで、勝手に9月19日には緑を身に纏うことと決めました!(笑)
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by minority-m | 2009-09-20 23:54 | 身辺雑記
花を買って
明日は昨年亡くなった友の命日となる。
今日の午後、花を買って友の母を訪ねた。友がずっと居た部屋には、先日貰ってもらった友の写真パネルが飾ってあった。

「あの子はこの部屋好きやったでなあ。ここが一番ええと思てな。」
「そうそう、おばちゃん、ここにツレがたまって悪りことばっかしとったんさ。」

「毎朝な、風通すのに窓開けにきて、この写真に呼びかけるんやんな。」と笑った。嬉しい言葉ではある。ただ、その情景を思い浮かべると辛くなる。

帰る直前、先日友の音楽仲間が主催した追悼ライブの話になり、「みんなにあないして貰って、あない愛されて、もし何十年も生きたとしてもあないまでして貰えんやろなあ、幸せな子やわ。」と写真を見つめ、自分に言いきかせるように小さく何度も頷いた。

一年前、嵐が去るとともに友は逝った。雲間に輝く月がやけにまぶしかったのを覚えている。
一年という時間、母の時計はもしかしたらまだ止まったままなのかも知れない。
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by minority-m | 2009-09-18 23:12 | 身辺雑記
がんばれ、尾中!
昨年の尾鷲高校に続き、今回の尾鷲中学校と二年続いて我が母校での不祥事(しかもいずれも学校側!)が起こってしまった。いずれも、なんとも怒りのやり場がない、切なく悲しい事件である。
そして今回も去年と同様、地元紙だけでなく、テレビやYahooなどのトップページのニュースとしても取り上げられてしまった。

今回の尾鷲中学校の事件はについては市議会の全員協議会でも取り上げられ、市会議員から「管理の甘さ」や事件発覚後の「報告処理の遅さ」が指摘された。市議の指摘は当然だと思う。未然に防ぐ方法は確かにあっただろう。

ただ、個人的な思いとしては、教師が「定期試験問題をパグる!」などというのは、さすがに想定外だろうと思う。

学校をめぐる様々な事件が起こる度に学校自体が地域社会から隔離されていくように思う。以前は放課後の校庭で、散歩にきた住民が触れあえたり、仕事帰りの大人が立ち寄って野球を教えたりということも日常的だったが、現在そんなことすらままならない。子供の安全が第一なのは当然だが、「信頼」が基本である教育現場がどんどん「疑心暗鬼の場」になることを危惧してしまう。

また、今回事件を起こした教師は以前から色々と問題視されており、行政が市内の学校教育に敏感であれば、もっと早くに防げた可能性もある。それと報告の遅れについて学校側が生徒への配慮など事態収拾に重きを置いたのは記事からも分かるし、隠蔽しようとした形跡もない。

学校の説明会に参加した、保護者である知人の言葉「校長先生はじめ先生たちがあまりに痛々しくて涙が出そうになった。」とか、地元紙の「保護者からの質問などは無かった。」という報道に触れると、現場の先生たちの置かれた状況が想像できる。庇いすぎかも知れないが、やはり母校への思いは冷静ではいられない。

それから尾鷲中学校については個人的に長年に渡って忸怩たる思いがある。自分の学年は校内暴力が問題となった最初の学年であり、年を経るごとにそのことへの悔恨が募る。あまり思い出したくないが、教師と生徒が乖離し、疑心暗鬼が充満し、凍りついたような冷たい日々だった。いずれにせよ、自分らの学年が母校に泥を塗ったのは間違いない。

また卒業後数年して東京にいた頃、後輩連中が同じようなことをし、全国ニュースになったことがあった。その時荒れる生徒たちへのインタビューが映り、連中がどなる喧嘩言葉に字幕が入っているのを見て、何とも恥ずかしく悲しい気持ちになった。

恥ずかしく、申し訳ない・・・

今、傷ついた母校に対して何ができるだろう?その思いでいっぱいである。
ガンバレ尾中、「フレ、フレ、フレー、鷲中!」
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by minority-m | 2009-09-18 02:05 | テレビ・新聞・ネットから
秋☆風に吹かれて
気付けば一週間ぶりのブログ更新である。
最近の、なにかにつけ「気が乗らないことは無理にしない、気が向いたらやればいい。」といういい加減な姿勢のなせるところだと思う。(^^;)

アクセス数を見てみるとしばらく更新してなくともあまり減っていない。元々アクセス数の少ないブログだが、少数ながらでも、もし常連さんが日々訪問してくれているのだとしたらうれしい。

閑話休題。
昨日のことだが、妻とふたりで、うちに来る子供らが歌う Puff,the Magic Dragon というピーター・ポール&マリーの曲をパソコンに取り込むのに苦労していた。元気な子とおとなしい子が混じっているので音のレベルを合わすのが難しい。まあ大体のところでヨシとしたのだが、おかげでPuff,the Magic Dragonのメロディが耳についてしまい、今日も朝から鼻歌で口ずさんでいた。(もちろん自分は英語の歌詞など知らないのでホントの鼻歌である。)

で今日の夕方、ネットのニュースで、ピーター・ポール&マリーのマリーさんが16日に亡くなったいう記事を見た。なんてことのない偶然ながら、なんとも妙な気分になってしまった。

小学生の頃、親戚の兄ちゃんが木製の古いステレオをくれた。それまではLPレコード盤だとはみ出すようなプレイヤーしかなかったので嬉しかった。そのステレオには横にレコードを入れるスペースがあり、十枚ほどのレコードもいっしょに入っていた。その中にWhere have all the flowers gone?(花はどこへ行った)があった。これはピーター・ポール&マリーではなくキングストン・トリオというグループのものだったが、当時は歌詞の意味など全然分からず、でも気に入ってよく聴いていた。

あとピーター・ポール&マリーといえば、ヒット曲 Blowin’ In The Wind(風に吹かれて)があるが、随分後に作詞作曲したボブ・ディラン本人が歌うのを聴いて、フォークの神様に対して大変失礼ながら「酒で喉をつぶしたアル中おやじの鼻歌みたいではないか?」と思った覚えがある。

マリーさんのご冥福をお祈りします。
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by minority-m | 2009-09-17 19:02 | 身辺雑記
風立ちぬ
昨日あたりから我が家の周りも秋の気配が支配している。
秋を感じる季節になるとふと出てくる言葉は「風立ちぬ」。

堀辰雄の小説の題名、あるいは、作詞:松本隆 、作曲: 大瀧詠一で松田聖子が歌った曲の名でもある。
自分の人格形成において堀辰雄の小説「風立ちぬ」はある意味、重要な部分を占めている。愛する人、或いは自分の病、療養所(サナトリウム)、といった極めて不健康な状況、その中でしかし、秋の陽射しのような柔らかな甘美がある。告白すると実は自分自身二度ほど、ほぼそれに近い状況にあったことがある。

風が冷たくなった今日、無性に「風立ちぬ」を読み返したくなり、本棚を漁ったが見つからない。仕方なく青空文庫で読んでみた。

夜、テレビやパソコンの前にいたくなく、ふらりと町に出、立ち寄ったスナックのテレビ画面には自殺防止週間のニュースが流れていた。

政府を始め様々な取り組みは理解できるが、現実に目の前で数人の自殺未遂を目の当たりにした身から言わせてももらえば対策が画一的過ぎてもどかしい。

~風立ちぬ、いざ生きめやも。~
堀辰雄「風立ちぬ」より
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by minority-m | 2009-09-11 00:16 | 身辺雑記
木瓜(ボケ)の実
今年も庭の木瓜に実がなった。
十数年ずっと実などつけたことがなかったが、ここ数年連続で実をつけた。

一昨年は木瓜酒をつくったが、昨年は収穫せず落ちるにまかせた。
一昨年の酒は漬け過ぎたのか、ほんのちょっとだがちょっとエグさが気になり、自分はあまり口にしなかった。おかまいなしの妻がときどき飲んで、ちょうど切れたところだった。

今年はなぜか早い時期から実落ちし始めたので早めに収穫し、二年ぶりに木瓜酒をつくることにした。前回もあまり漬けかっていない時期に飲んだものはエグさがなかったので、何段階かにわけて漬けてみようと思っている。

ネットで調べると色んな効能があるようなので、今回は自分も飲んでみようかなあ、と思っている。
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by minority-m | 2009-09-09 22:34 | 身辺雑記
夢の中の2日間
一昨日、昨日となんだか夢の中にいたようで、今日もなんだかその余韻が残っている。

土曜日、昨年亡くなった友の命日を前に、友を慕う音楽仲間や悪友が集った。飲みながら、語りながら、そして音楽仲間が演奏するというイベントだった。
駅前の居酒屋にざっと40人程。思えば去年、余命を宣告された友と最後に飲んだ居酒屋だった。そして集まった中には、もちろんアイツの愛したカアチャンもいた。

現在ギターひとつ満足に弾けない自分は演奏に参加できず、忸怩たる思いもあった。だけどその分、プロも含む、この町で有数の腕に覚えのあるミュージシャン達のライブが存分に盛り上げてくれた。
演奏の合間、音楽仲間達が、自分が持ち込んだ等身大のアイツの写真に語りかけるのを見て、ちょっとだけでも参加できたかなあと嬉しかった。

「ゼッタイ、アンタ、ココニ居ルヨネ、ココニ居ラナアカンヤロ!」

イベントの後半、歌っているヤツに向かって「泣くなよ、泣かんと歌えよ!」といっていたヤツ自身が「アカン、涙出てきた・・」と先に泣き出した。

底抜けにアホタンなとこあったけど、ホンマにみんなに愛されとんたんやなあ、Kちゃん!

そうそう、イベント終了後、デカイあいつの写真は、あいつのカアチャンがふたつ返事で貰ってくれた。願ったとおりで嬉しかった。「Kちゃん、一番ええとこへ行ったなあ!」

昨日はそのカアチャンが、主催の音楽仲間とともに自分も食事に誘ってくれた。その食事会の最中、仕事でイベントに来られなかったI君からメールが届いた。心が通じているのだろう。「昨日は来られなんだけど、またI君も来るよ。」とカアチャンに告げると「写真見てもらえるなあ。」と嬉しそうに笑った。

帰り道、カナダに居たためアイツの最期を見届けられなかったアイツの音楽仲間と二人、トボトボと歩きながら話した。「元気な時のKちゃんしか知らんのさ。全然実感ないんさ。」と言った。もう居ないということの整理をどうつけようか戸惑っているようだった。

アイツへの様々な思いが集結した2日間だったと思う。そして自分もその酔いがまだ醒めないまま、今日を迎えている。で今、結局なにを思っているかというと、

「やっぱKちゃん、あんたと飲みたいわ!」

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by minority-m | 2009-09-08 00:20 | 身辺雑記