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いつも気付けば少数派・・・  by宮上修二
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<   2009年 06月 ( 18 )   > この月の画像一覧
6月は・・・
6月・・・訃報が続く。
祖母が、妻の友が、そして昨日も遠方に住む妻の知人が亡くなったとの知らせがあった。

昨夜は妻が、妻の友人の精進落としのお膳を頂きながら、「OOちゃんのお葬式のお膳だと思うと・・・。」と泣き出したが、自分も昨年の9月に友を亡くした際には同様だった。「よりによってアイツのお膳かよ!自分もこんな時になんで飯食えてるんだよ!」と思うと悔しくてたまらなかった。

ここのところ当然ながら、家の中は明るくはない。去年の6月も様々な思いで過ごしたが、今年の6月も忘れられない月になるだろう。だから今日、去年のこの日のブログに記したひとことを再掲してみようと思う。

「新しい日は、待ってくれずにやって来る。だからヤサシイのだと、そう思う。」
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by minority-m | 2009-06-30 23:24 | 身辺雑記
夕暮れ時の港が好き
夕方、ふらりと自転車で前の浜へ出掛けた。
巡航船乗り場付近や漁連の前など数人ずつ釣りをしている。漁連の前へ行くと顔見知りのオジサンが竿を出していた。

声を掛けると、「なんどな、久しぶりやなあ、生きとったんエー。アジ釣っとんさ。大アジをな。」と言う。「大アジ?またまた・・・」と冷やかすと「ホンマやがな!」と言う。
オジサンの仕掛けは小アジを釣る普通のサビキ仕掛けである。中型以上を狙うなら、普通はサビキであってもウキを付けて沖へ投げる。

「アシはまだ釣ってないけど、となりのオジサンとそこの男の子は釣ったで。男の子のは釣った途端トンビにかっさらわれたけどなあ。」と男の子の方を見てニヤニヤ笑う。この辺りで釣りをすると必ずトンビやカラスがオコボレを狙いに来る。周りを見渡すと巡視船すずかの上と漁連の建物の上にトンビが一羽ずついる。そのうちピーピョロローと鳴き出した。「あーっ、はよ釣れって催促しとるでー」などと言いながら笑い合った。

その直後にオジサンがコッパグレを釣り上げて放ると、すずかの上に待機していたヤツがさっと飛んできてさらっていった。

そのうち真中で釣っている市外からきたオジサンがアジを一匹釣り上げた。型は小さいが、それでも今の季節に釣れる豆アジサイズではない。大体秋くらいに釣れそうな大きさだ。クーラーに入れるとき中を覗かしてもらったら、本当に30cmを超えそうなアジが1匹入っていた。あとはちょっと小さいがそれでも塩焼きに充分なサイズが数匹あった。

釣りは自分がするのが一番楽しいが、たまには知った釣り人の姿を見ているだけでも楽しい。そしてなにより、自分は晴れた日の夕暮れ時の港が大好きだ。海面がのっぺりして、おだやかでこの時間が永久に続くんじゃなかろうかと思うほどゆったりしている。自分で釣るのもいいのだが、釣り出すとどうも釣果が気になってしまう。この雰囲気は竿を持たない方が満喫できるかも知れない。

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by minority-m | 2009-06-27 21:47 | 身辺雑記
心の時間
先日、NHKの爆笑問題の番組で、心における時間について取り上げていた。なぜ年をとるほど一年が短く感じられるか、充実した時間はなぜ早く過ぎるか、などについて語っていた。その中で、太田光が太宰治のお伽草子の一節を紹介していた。以下、お伽草子から引用すると、

竜宮の高貴なもてなしも、この素張らしいお土産に依つて、まさに最高潮に達した観がある。思ひ出は、遠くへだたるほど美しいといふではないか。しかも、その三百年の招来をさへ、浦島自身の気分にゆだねた。ここに到つても、浦島は、乙姫から無限の許可を得てゐたのである。

美しい時間は時間が過ぎて思い出になってこそ、永遠に完全なものになるというのだ。玉手箱はその為の装置なのだ。確かに自分にとっても楽しくもう一度戻りたい時代もある。でも実際その時にはそんなに大したものでもないかも知れない。今が人生でも最高に楽しい時だとも思っていないだろう。長い時間の中で自分の思いに沿うように熟成されたんじゃないだろうか。

おととい、妻の同級生の友人が亡くなられた。妻は容体を知ってから見舞い続けていた。ここ数日、ことあるごとに涙する妻の気持ちは痛いほど分かる。同級生、しかも近しい友人の死は、同じ時代を過ごした時間の重さを痛感する。悲しさも時間を何度も行き来して蘇る。

思い出は、所詮思い出、その時そのものではないだろう。でも昔の友達というのは、それぞれのなかで純化された完全なもの(当然それぞれにおいて多少のズレはあるだろうが)をずっとずっと共有できる。自分にもそういった友達がいる。

かけがえがないなあ、、、、と思う。

合掌・・・
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by minority-m | 2009-06-27 00:38 | 身辺雑記
酔いどれて
酔いどれて、魂ひとつ。
蹴っ飛ばすか、ころがすか、いずれにしろ、まあ、そんなところで今日も終了。
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by minority-m | 2009-06-25 00:30 | 身辺雑記
もしかして乱世?
三国志など、乱世を描いた物語の冒頭に決まりごとのようによく出てくる表現がある。

頻発する天変地異、うち続く飢饉、そして疫病の蔓延。

いわば乱世となる条件3点セットといったところだろうが、これに政治腐敗が加わると完全な乱世モードとなる。これを現代に当てはめると、天変地異=近年毎年のように起こる地震や洪水、飢饉=未曾有の経済危機、疫病=新型インフルエンザ、とでもなるだろうか。

そうすると、もうリーチがかかった状態で、あとは政治腐敗だがこれは今日始まったわけでなく日常的であることを考えると、もう今は間違いなく乱世なんじゃなかろうか。

乱世というと戦国時代とか、幕末とか英雄が群がり出てくる感じがするし、「激動の時代」とは認識しても乱世という言葉は実感がわかない。ただ、ここ50年程の世の変わり様を思うと、今までにないカタチの乱世であるのかも知れない。

なにも世界や日本のことだけでない。この尾鷲という小さな町も振り返れば、上記条件をほぼ満たしているではないか。先日発足した市議会議員による新しい会派の名も「尾鷲維新」というらしい。今までの会派名はもっと柔らかいものだったと思うが、それだけせっぱつまった状態が生んだ名かも知れない。

乱世といえば三国志の英雄の中で自分にとってもっとも魅力的な人物、曹操に対する評価を思い出す。「治世の能吏、乱世の奸雄。」
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by minority-m | 2009-06-23 01:06 | 身辺雑記
今日は半ドン
今日は比較的仕事の量が少なかったので、急ぎの電話とメール返信以外は昼までで仕事を切り上げることにした。多分4月の上旬くらいから休みが取れず、いささか疲れているのもあったからだ。

午後は一瞬釣りでも行こうかなと思ったが、潮風にあたると結構疲れることもあるのでやめた。かわりに知人から借りた、3時間以上はあるホラー映画を観て過ごした。

半日休みは丸一日休みよりかえって充実することがある。昔、学校なども午前中で終わる土曜日の方が日曜日より嬉しかった。これは翌日に日曜日が控えているせいもあったのだろう。ただ、午前中で仕事や学業を終え、あと自由という開放感は土曜日ならではのものだった。週休2日の今の子どもたちにはそんな開放感はあるのかなあ、金曜日の午後に感じるのだろうか?

そういや、午前中で仕事などを切り上げることを、半ドンというが、どういうところからきた言葉なのだろう。「半」は半日だろうが、「ドン」が分からない。よく土曜日が半分になるので半土(ハンド)じゃないかと思ってもみたが、どうだろう?

で、ネットで検索してみると、なるほど、ちゃんとありました。ただ最近では、「ハナキン」同様、死語になりつつあるらしい。

以下、Wikipedia「半ドン」より転載

主に3説ある。

江戸時代末期、長崎県出島よりオランダ語で日曜日または休日を意味するzondagという言葉が伝わり、訛ってドンタクになり、半分のドンタクなので「半ドン」と呼ばれるようになった。この「ドンタク」の語の名残が、福岡市で行われる祭り「博多どんたく」である。

明治時代より太平洋戦争中にかけ、時報に午砲(空砲)を撃つ地域があり(東京丸の内等、主要都市には午砲台が設置されていた)、正午の大砲の「ドン」という音より一日の半分が休みなので「半ドン」と呼ばれるようになった。

明治時代において半分休みの土曜日と言う意味で「半土」と言う言葉が生まれ、それが徐々に「半ドン」と言われるようになった。

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by minority-m | 2009-06-22 00:30 | 身辺雑記
夕暮れのカフェで「市長失職」を知る
夕方、仕事が一段落したので、ふらりと町に出た。
まだやることが残っていたが、頭がぼんやりしてきていた。思えばずっと休みがないから、さすがにちょっと疲れているのかも知れない。

いつものカフェに入り、ビールを注文。届いたばかりの「市長失職」を報じる夕刊に目を通す。そのうち、そのことを告げるテレビニュースも流れた。

ああ、そうだった、今日の議会で決まるはずだったんだ。と思うが、どうもぼんやりしている。
この町にとっては歴史的な日であり、緊張感がない!と怒られそうだが、実際そんな感じだった。6月19日と何度も報道されていたのに、なぜか今日一日頭になかった。ここ数日バタバタしていたとはいえ迂闊だった。

まあ、とにかく、そんな自分などお構いなしに、市長は失職した。あとは市長選に突入となるだけだ。
ひとつ思うことは、新しく誕生する市長は絶対にこのような過ちを繰り返さないこと、とにかく奥田時代より市政を安定させ前進すること。そうでなければこれまでの混乱は全く意味がなくなってしまう。傷を負った分、進歩がなければ話にならない。極めて当たり前のことかも知れないが切に願ってやまない。
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by minority-m | 2009-06-19 23:53 | 身辺雑記
シビレルぜ!
映画マニアのNさんから、「ザッツ・エンターテイメント」3部作のDVDを借りた。アメリカの映画会社MGM50周年記念の作品だそうで、傑作ミュージカル映画の名シーンを集めたものとのこと。

昨日はパート1、今日はパート2を観た。最近タップダンスにはまっている友達のMちゃんが「涙出るくらい感動した。」と言っていたが、確かにおしゃれで、華麗で、そして楽しい。観ている時間はとにかく幸せな気分に浸れる。まさに、「ザッツ・エンターテイメント」だ。

自分は元々ミュージカル映画が好きではなかったが、単に食わず嫌いに過ぎなかった。数年前、DVDで「サウンド・オブ・ミュージック」を観てからミュージカル映画の楽しみを知った。その後ディズニーの「ファンタジア」にも出会い映像と音楽の調和に感動した。

図らずも今日、京都にいる娘から興奮さめやらぬメールが届いた。授業の比較文化何とかの一環で宝塚歌劇団の月組公演を観てきたらしい。高校時代から宝塚にあこがれ、また尾鷲にゆかりのある瀬奈じゅんさんが見られたとあって、娘にとってめちゃくちゃ幸せな日であったらしい。

とにかく人をしあわせな楽しい気分にさせる、それのみに我が身を尽くす。そんな仕事は想像を絶する程に厳しいだろうが、でもやっぱ憧れるよなあ!
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by minority-m | 2009-06-17 00:58 | 身辺雑記
ブログのこと・・・
ちょっと前から、というか半年くらい前からこのブログについて色々と思うことがあった。
始める前から分かっていても、実際やってみて改めて強く思うこともあった。

まず、ブログを始めた動機だが、「自分を見つめる装置」をつくりたかったというのが一番強い。自分にとって、あれこれ思うことを文に変換するということは、そう簡単なことではない。文にすることで何か心情を整理できないかと思うこともあった。自分が始める前も、心情を吐露するブログには共感していた。

ただ、「自分を見つめるだけの装置」であれば、日記でもよく、世界中の誰が見るか分からないネット上にさらす必要はない。どこか自分を「一歩前に進める装置」も欲しかったのだと思う。

ブログとして公開する以上、必ず読み手を意識する。おのずと自分しか読まない日記とは異なってくる。言葉の選択、文章の長さ、読みやすい改行などにも多少の配慮は必要になる。

実際始めてみて、書きたいことの半分くらいしか書けてないなあ・・・と思う。筆力もあるだろうが、日記のように、例えば腹が立つことをそのままぶちまけることはできない。そのままであれば必ず誰かに迷惑がかかるから、その辺のジレンマは相当強かった。

その辺が分かったつもりでいても、実際自分の安易な文により、思ってもいないところで誰かを傷つけていたこともあった。またこのブログによって不要な悪意を生んだこともあった。本意ではない、でも実際起こった。

ブログを始めてすぐの頃、市政がらみのことを書いたときには、びっくりするほどの反響があった。書いた本人が驚いた。正直いうと、うっとうしさとともに、注目された嬉しさもあった。政治というのはマツリゴト、つまり「祭り」だから、少なからずウカレルというか、どこか麻薬的な部分があるのかも知れない。

一日のアクセス数がせいぜい数十程度のささやかなブログであるが、アクセス数の少なさは全然気にならなかった。アクセス数を気にするのは仕事のホームページ運営でお腹一杯だからだ。それより自分を知る人、特に遠方に住む友が訪問し、コメントくれたりするのが嬉しかった。

始めた以上は続けたいし、このブログを訪問してくれている何人かの人は「続けたらどう、止めることはないよ。」と言ってくれてはいるが、このままで続けるのはどうかなあ?と思っているこの頃である。
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by minority-m | 2009-06-15 00:32 | 身辺雑記
感謝
ここ一週間、色んな人と会い、話した。
高校時代の担任から「自分の殻に閉じこもる傾向がある。」と評された自分だが、だから今、素直に人と会ったり話したりしたかった。

高校時代の後輩に始まり、人生の大先輩、親友の母、親友、そして図らずも祖母の葬儀があったため、多くの親戚と同じ時を過ごした。

そして、身体の芯で感じたのは「人は決して一人ではない。」というあまりにも当たり前過ぎる感覚と感謝の気持ちだった。みな、自分の思いに率直に応えてくれた。自分はそういうところで生きているんだなあ、と思う。

色々と相談にのって頂いたみなさん、本当にありがとうございました。
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by minority-m | 2009-06-13 00:46 | 身辺雑記